自分らしくいること

色々な人がいるニューヨーク

ニューヨークには色んな人種の人がいます。

昔、社会の授業では、人種のサラダボウルという風に習った気がします。

アメリカでは、Melting Pot(メルティングポット)という風に表現されることが多いです。

サラダボウルだと、それぞれの野菜(人種)は生のまま、ただ同じお皿に乗っているだけ。

メルティングポットだと、Melt=溶け合うっていう意味合いがあるので、混ざり合っているという側面が強調されているなと思います。

話は戻って、ニューヨークは、色々な人が生活しています。

日本は同一人種国家

日本は、ほぼ日本人しか生活していない。

このことは日本で生活している限り、なかなか気づかないと思います。

日本語の「外国人」という言葉、ニューヨークではなかなか聞きません。

「どこからきたの?」

ってことはあっても、

誰かを見て「外人さんだ!」

ということはほとんどありません。

というのも、そんなことを言い出したら、ほとんどの人が「外人さん」になるからです。

街をざっと見渡すだけでも、ヨーロッパや中東、アジア等色々な国から来た人が多すぎるからです。

容姿が他の人と異なる?

そんなことは当たり前という感覚です。

目立つことは悪いこと?

日本だと、髪の毛の色が少し明るかったり、身長が少し高かったり、

「目立つ」

という言葉は容姿に使われることが多い印象です。

それに対して英語の目立つ=Outstandingは、容姿が目を引くという意味の他にも意味があります。

それは、Outstanding=優秀だという意味です。

他人と異なることが、Outstanding、優れているという感覚がどこかにある気がします。

アメリカのビジネスの事業でも、いかに商品を「差別化」するかということを意識して教えます。

「自分は他の人とどう異なっていて、何が提供できるのか」ということを常に意識している気がします。

ということで内面でも外面でも違いがあることは、むしろいいことと捉えられています。

日本にいた時は、なんとなく、

「こういった風にしなくちゃ」

だったり、

「違うと悪い意味で目立つ」

ということが多かったです。

学校の校則などでも

「外面で目立つのではなくて、内面を磨きなさい!」

という指導があります。

そういった呪縛はニューヨークには全くありません。

自由でいいという雰囲気と責任

違いを出そうという意味で、色んな人が色んなことをしているのがニューヨークです。

そういった雰囲気にいると、

自分の前からやりたかったことに挑戦してみよう!

というチャレンジ精神がむくむく出てきます。

そして、どの分野でも一流の人が多いのがニューヨークです。

知的好奇心に対して答えてくれる人や場所、コミュニティがたくさんあります。

自由な分、責任も同時に付いてきます。

自分の好きなことをやって、全てを失ったとしても誰も気にしませんし、セーフティーネットも少ないです。

だってそれは、あなたが選択した結果なのだから。といった雰囲気です。

自分らしさと向き合える街

ニューヨークで暮らしてみて、一番感じるのは自分の好きなことが明確になったということです。

余計なメディアのゴリ押しもないし、みんな違うことが当たり前という自由闊達な雰囲気。

これは、自分の興味を最大限に解放する環境です。

ニューヨークでは、自分らしくいることの方がナチュラルです。

日本でもそんな風に心を強く持てれば、いいのですが、なかなかそれは難しいです。

そんな時は環境を変えてニューヨークに来てみてはいかがでしょうか。

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ニューヨーク在住ブロガー。 #ニューヨーク、#米国株、ガジェットレビューしてます。 http://brand-new-york.com/ お問い合わせは、mihachan.nyc@gmail.comまで。 流行りのものが大好き。 アメリカ株投資、ガジェットオタク。カメラオタク。